2018/04/19

古本屋台

 Q.B.B.(作・久住昌之/画・久住卓也)の『古本屋台』(集英社)を読む。『彷書月刊』『小説すばる』と十年くらいにわたって連載していた漫画がようやくまとまった。連載中もだいたい読んでいたのだが、ずいぶん印象に変わっている。
 焼酎一杯だけ飲ませる古本を売る屋台。主人公の帽子の男や常連客(岡崎武志さんやわたしも登場)が本をつまみに会話を楽しむ。古本酒場コクテイルのシーンもよく出てきます。漫画の中に流れている時間が心地いい。ほんとうにこんな屋台があったら通いたい。

 先日、集英社のPR誌『青春と読書』(五月号)で『古本屋台』刊行記念の対談の構成をしています。構成の仕事は十八年ぶり(ちなみに、二十代の十年間はずっと対談と座談会をまとめる仕事をしていた)。
 久住昌之さん、久住卓也さんとは飲み屋以外で会うことはほとんどなく、平日の昼間にシラフで喋ったのは、はじめてかもしれない。単行本化にあたって大幅に描き直しているという話を聞けた。終始、テンポのいい掛け合いでいい感じにまとまっているのではないかと……。

2018/04/17

標準

 不調の原因は心身の疲労と関係している。疲れさえ抜ければ、たいてい調子が戻る。
 あと季候(寒暖差)も関係ある。ただし気温の変化で体調を崩すときは、それ以前に疲れがたまっていることが多い。だから日中の温度差が激しい時期は無理をしないよう心がけている(季節に関係なく、そうしたいところだ)。

 炊事洗濯掃除して近所を散歩して本を読んで野球を見て酒を飲んでいたら、あっという間に一日が過ぎてしまう。わたしはそういう一日が好きなだろう。
 日中だらだら過ごして深夜から朝にかけて仕事をする。それ以外の時間はなるべく仕事のことを忘れる。中年以降、だんだんそういうふうになってきた。

 いわゆる「標準」とされる生き方や働き方がある。わたしも努力すれば「標準」に近づくことは可能だろう。しかしものすごく努力をしないと「標準」に近づけないというのであれば、その労力を自己流のやり方に費やしたほうがいいとおもう。

 自由業は収入が不安定だし、大変なことはいろいろあるが「標準」を無視できることはありがたい。その分「標準」に適応できれば、やらなくてもいい努力や工夫は欠かせない。
 自分に合った時間割を作り、それだけは何が何でも実行する。もちろん、それだって簡単ではない。怠けようとおもえばいくらでも理由をこしらえることができる。昨日今日と予定通りにいかなかった。たぶん疲れていたからだ。

2018/04/11

住まいのことでは

 二ヶ月くらいかけてコツコツやっていた仕事が一段落。新連載(掲載時期は未定)もぼちぼち。

 昨年、NEGIさんにすすめられて読んだ池辺葵の『プリンセスメゾン』(小学館)は新巻が出るたびに最初から読み返している。居酒屋で働く女の子(両親を早く亡くしている)がマンションを買う話。現在五巻まで。素晴らしい漫画だ。

『ウィッチンケア』で家の話を書いたのもこの漫画の影響かもしれない(書いているときは忘れていた)。
 一生賃貸のつもりだったが、二年前に父が亡くなって、保証人をどうすればいいのか——という問題に直面している。保証人を代行してくれる会社があることは知っているが、金もかかるし、面倒くさい。連帯保証人という制度は世の中から消えてほしいもののひとつだ。

 永井龍男の「そばやまで」(『青梅雨』新潮文庫)を再読する。「住まいのことでは、一時思い屈した」という書き出しを山口瞳が絶讃している。

2018/04/02

歩きながらはじまること

 Pippoさん経由で奈良在住の詩人西尾勝彦著『歩きながらはじまること』(七月堂)を受け取る。

 西尾さんは一九七二年京都生まれ。二〇〇七年、三十代半ばに水井宏さんの詩の通信ワークショップに参加し、詩を書くようになり、最近は「のほほん社」という出版活動もはじめた——ということをPippoさんの解説とプロフィールで知る。

 わたしは作者と作品を切り離して詩を読むのが得意ではないのだが、『歩きながらはじまること』は、西尾さんのことをまったく知らずに読んでも、一目で気にいった自信がある。詩の中に流れている人柄や思想に共感できた。詩の題から、辻まことや串田孫一が好きなのかなとおもった。

《朝の光を
 独り楽しむ

 猫の寝言を
 独り楽しむ

 庭の仕事を
 独り楽しむ

 団栗並べて
 独り楽しむ(後略)》(「ひとりたのしむ」)

……この詩は「独り楽しむ」という言葉をくりかえしながら、なんてことのない一日を讃美している。

 もっとも気にいったのが「待つ」という詩——。

《自分を
 待つことができるようになった
 以前なら
 未熟な自分に
 焦りがあった
 できないことは悔しく
 隠したいことだった
 でも
 ようやく
 今日できないことは明日
 今年できないことは来年
 それも無理なら十年後の
 自分を待とうと
 思えるようになった(後略)》

 この続きもいいのですが、気になる人は手にとって読んでください。
 その後「古書ますく堂の、なまけもの日記」の「ポエカフェ西尾勝彦」篇(二〇一四年二月二十三日)で、西尾さんが大阪で二十六歳で国語科の教員、二十九歳で奈良に転居したことなどを知る。
 ますく堂さん絶讃の「言の葉」「そぼく」という詩も『歩きながらはじめること』に収録されている。このふたつの詩も素晴らしかった。

 長く大切に読みたい詩集だ。