2018/03/30

文体

 インディーズ文芸創作誌『Witchenkare(ウィッチンケア)』9号で「終の住処の話」というエッセイを書きました。

 ここ数日、エッセイと私小説はどうちがうのかということを考えていたのだが、わからずじまい。自己申告で決めるものなのかもしれない。
「終の住処の話」は、今年のはじめ東西線の電車の車内で見たある不動産の会社の吊り広告をメモしていて、それをもとに書いた。いつもとちがう文体に挑戦してうまくいかず、いつもどおりの書き方に戻した。

 それから紀伊國屋書店の『scripta』で「下流中年」の話を書いています。社会に蔓延する「不寛容」をどう解消していくか。こちらはいつもどおりに書こうとして、ギクシャクしたかんじになってしまった。むずかしいテーマを書くとき、どういう文体で書いたらいいのか。むずかしいテーマである。

 今、自分のいる場所から何かを書く。「声」の届く範囲は限られている。読みやすさを考えると「声」の届く範囲を意識して書いたほうがいい。ただし一読者の立場だと、そこからはみだそうとしている文章のほうが好きだ。好きなのだけど、わたしはそういう文章を書くのが苦手だ。