2018/02/01

紀伊半島(三)

 新宮駅から十五時三十分の在来線で尾鷲駅に向かう。尾鷲行きも今回の旅の目的のひとつ。尾鷲市は「年間降雨量日本一」で有名な町である。

 尾鷲までは特急ではなく、鈍行に乗った。特急くろしおの車窓に負けず劣らず、新宮〜尾鷲間は絶景が続く。海も山もすごくきれいだ。
 電車で新宮〜尾鷲間を移動したことはないのだが、大泊駅(鬼ヶ城があるところ)近くの湾は「ここ、知ってる」という既視感があった。ここも小学生のときの旅行で寄ったのだろうか。なんとなく浜辺を歩いた記憶があるし、たまに夢に出てくることもある。

 志摩生まれの母からは尾鷲の話はよく聞いていた。昔、伊勢のほうで働いていたとき、ときどき遊びに行ったらしい。宿に千円くらいで泊れて、映画館もあって、とくに夜はにぎやかだったそうな(五十年くらい前の話)。

 尾鷲駅に着いたのは十六時五十四分。余裕をもって鈴鹿に帰るには十八時十八分のワイドビュー南紀八号に乗りたい。尾鷲の滞在時間は、一時間二十分ちょっと。早歩きで尾鷲港に行って、帰り道に主婦の店サンバーストでお茶とアラレを買い、観光らしい観光もできないまま駅に戻る。せっかく尾鷲に行ったのに魚を食いそびれる。反省。歩いている途中、「津波は逃げるが勝ち」という標語を見た。

 新宮〜尾鷲間の車窓で絶景とおもった場所は、ことごとく津波の危険地帯でもある。心配だ。

 十八時台の電車だと、暗くて窓の外が見えない。尾鷲から鈴鹿まで、特急で二時間くらい行けることがわかった。いつでも行ける。鈴鹿からは日帰りも可。
 ワイドビュー南紀の停車駅(名古屋駅〜紀伊勝浦駅間)では、多気駅、三瀬谷駅、熊野市駅で降りたことがない。紀伊長島駅は、学生時代にいちど降りているはず(……なのだが、記憶がない)。
 三重県内にも行ったことがない場所がたくさん残っている。

 JR鈴鹿駅に着いたのは二十時十分。この駅で降りたのはわたしひとりだけだった。駅のまわりが真っ暗。淋しい。そこから近鉄の鈴鹿市駅まで歩く。約七百メートルある。
 父が元気だったころは、JR鈴鹿駅を利用するときは車で送ってもらっていた。今さら車の免許をとる気がない。この先も基本は徒歩と電車(ときどきバスと船と飛行機)で生きていくしかない。

 鈴鹿駅と鈴鹿市駅は、おもっていたより遠かった。鈴鹿市駅のコンビニで明太子のパスタを買って、郷里の家に帰る。
 昼間、新宮にいたせいか、鈴鹿が寒く感じる。
 特急に乗っている時間が長かったので、それほど疲れはない。

 家で母から安乗の灯台の話を聞いた(登ったこともあるそうだ)。わたしが木下惠介監督の『喜びも悲しみも幾歳月』に安乗の灯台が出てくるという話をしたら、一九六〇年前後、伊勢志摩を舞台にした映画に姉と弟といっしょにエキストラで出た(台詞あり)という話も聞いた。その映画のタイトルも教えてもらったが、インターネットで検索しても出てこなかった。謎。

(……完)