2013/07/28

ある仕事とない仕事(三)

 八年連続二百本安打を記録し、俊足強肩で知られたメジャーリーガーのウィリー・キーラー(1872−1923)は、記者になぜそんなにヒットが打てるのかと訊かれ、こんなふうに答えている。

「よく見て、誰もいないところに打て」

 キーラー本人よりもこの言葉のほうが有名かもしれない。シンプルだが、含蓄のあるいい言葉だ。

 自分のスイングをして会心の当たりを打つ。でもどんなにいい当たりだったとしても、打球が野手の正面に飛べばアウトになる。逆にいい当たりではなくても、人がいないところに打てば、ヒットになる。

 そうした〈感覚〉が小柄でパワーがなかったキーラーの持ち味だった。

 わたしはフリーランスの仕事はすき間産業だとおもっている。というか、お金も人脈も実績もない個人はすき間産業から始めるしかない。

 すき間産業というものは、何の応用も工夫もせず、簡単にうまくいく方法なんてないとおもったほうがいい。
 もしそんな方法があったら、すぐ人に模倣され、通用しなくなる。だから一見うまくいかなそうな方法だったり、周囲からちょっと無謀とおもわれるくらいのやり方のほうが可能性がある。

 キーラーの言葉に話を戻すと「誰もいないところに打て」というのは、プロなら誰でも考えることだろうが、簡単にできることではない。
 キーラーは身長が一六〇センチちょっとしかなかった。その体格でメジャーで生き残るためには、人と同じことをやっていてはだめだと考えたはずである。おそらく誰もいないところに打つために、人知れず、誰もしないような練習をしたのだろう。

「何をすればいいですか」
「どうすればいいですか」

 その質問にたいしては「それはずっと考え続けるしかないんだよな」としかいえない。
 いろいろなことを調べて、いろいろなことを考えて、いろいろなことを試して、たまにうまくいく。
 だから、うまくいく方法だけでなく「何をやってもおもうようにならないときに、どうやって自分を磨り減らさずにしのげるか」を考えたほうがいい。

 それから何をやってもうまくいかないときは、努力や練習が足りないだけでなく、ルールを半知半解のままプレーしていることがけっこうある。

 この話はまたいずれ。