2011/06/11

隠居願望

 根をつめて仕事をすると、肩とか腰とかが痛くなる。二十代後半くらいから、こんな感じだった気もするが、それなりにガタがきているのだろう。
 水曜日、西荻窪のなずな屋、古本酒場コクテイルに古本の補充してきた。古本のパラフィンがけ、値付をするのもひさしぶりだ。

『本の雑誌』の今月の特集「私小説が読みたい!」で岡崎武志さんと対談した。雑誌で岡崎さんと対談するのは、はじめてかも(※)。対談場所は高円寺のペリカン時代で五、六時間は喋ったとおもう。

 とりとめもないことを考えたり、結論の出ないことをだらだら語り合ったりするのは楽しい。そういう時間をもっと作りたい。
 自分の好きな文学が隠居系ということもあるかもしれない。

 四十代になってしばらくして人生五十年と考えたとき、急に隠居願望がわきおこってきて困っている。世間でいえば、働き盛りということになるのだろうけど、どうもそういう気持にならない。

《私は、早く、隠居という身分になりたいと思っている》(山口瞳「隠居志願」)

 このとき山口瞳、四十七歳。年齢は四十七歳だが、肉体年齢は六十歳をこえているような気がするという。
 昭和の初期には、四十歳の男が酒場に入ってくると爺さんが来たという目で見られた。当時の四十歳は今の六十歳くらいに相当した。

《人生五十年と思いさだめて、ヤリタイコトヲヤルというのが男の一生なのではないか。そうやって、偶然に七十歳まで生きてしまったのが古稀であり、古来稀なりということになる》

 わたしの隠居願望は、学生時代の下宿生活くらいの生活水準に戻せば、どうにかなりそうな気もする。仕事部屋をたたんで、今より家賃の安いところに引っ越せば……。
 自分の思考が拡大ではなく縮小にどんどん向かっている。

 楽になるのだが、無気力にもなる。
 気をつけたい。

(※)ずいぶん前に『彷書月刊』で対談していたことをおもいだした。