2007/12/08

中村光夫を読んで寝る

 これからすこしずつ中村光夫を読んでいこうとおもっている。そうおもいながら、五、六年の月日が流れている。全集を買おうかなとおもったら、高いんだね、知らなかった。
 読みたいのは、エッセイと文学論関係だけなので、地道に集めることにする。
 中村光夫に「作家の文明批評」と題するエッセイがある。初出は一九四七年八月の『文學界』で、わたしは『百年を単位にして』(芳賀書店、一九六六年刊)で読んだ。

《作家はその生きる時代の性格を把みこれを批評する間に、まずその与えられた環境のなかで、どういう風にうまく立廻るかを考えるようになりました。「現実」という合言葉が、この場合絶好の遁辞になりました。これは世の中が世知辛くなったためかも知れませんが、同時に文学の堕落だったと言えましょう》

《その日暮らしの無気力、自分の無能にさえ気付かぬ怠惰、お互に自分だけ有利な地位をしめようとするこすからい競争心、こういった気風が、——戦後の社会一般と同様に——文学界を風靡しているようです。文学とはこんなところまで「時代の鏡」にならなければならないのでしょうか》

 文学が「時代」にたいする何らかの役割を担っていたというのは、昔話になってしまったという気がする。テレビやインターネットのスピードにはかなわないし、活字の分野でいえば、週刊誌、新書、漫画がかろうじて「時代の鏡」になっているかもしれない。もしくはケータイ小説か。
 中村光夫がこのエッセイを書いたのは、三十六歳のときである。昔の批評家は二十代、三十代でこういうことを考えていたのかとおもうと、ちょっと感慨深いものがある。

 その日暮らしの無気力にどっぷりつかっている。
 世の中が複雑になった、というのは言い訳にすぎないが、文学は文学、政治は政治、経済は経済、科学は科学、さらにそれぞれのジャンルの専門化が進んで、大まかに文明を論じる余裕がなくなった。
 わたしが無気力になっている理由をあげるとすれば、「なにをいってもしかたがない」とか「なるようにしかならない」といった諦めの気分があるのはたしかだ。

 中村光夫というと「私小説批判」の人という印象があったのだが、読んでみて、そんなに単純ではないこともわかった。

「自分と他人」と題するエッセイでは、「自分のために小説を書くのと、他人のために書くのと、どっちがむずかしいか」と問いかける。

《私小説の作家は、他人を描くむずかしさを捨て、自分を描くむずかしさに徹することで、ともかく一つの新しい道をひらいたのですが、今日の作家はこういう根本の問題にふれないところで、自分の職業を成り立たせているようです》

《考えてみればものを書くという行為が自分のためだけということはありえません。放っておけばそのまま消えてしまう思想や感情を紙の上にのこすのは、ひとりの読者を予想してはじめて成り立つことで、この読者は、かりに自分であっても、いまの自分とは他人です》

《他人のために書くことは、今日の多くの作家にとって、他人の思惑に忖度して気に入りそうなことを書くことです。この場合、彼が読者に示すのは、彼のなかの計算された部分だけであり、両者の間に芸術的交流はおこりません。こういう計算のもとに文学(芸術)がつくれると思っている人は、他人を面白がらせようと思えば、思いどおり面白がらせることができると考えている点で、自他の区別がはっきりしない精神の持主です》

 中村光夫の意見にかならずしも同意するわけではないが、「根本の問題」を考えさせられる人だとおもう。さらっと読めるが、考えはじめるとキリがない問題でもある。
 中村光夫には「文学信仰」がある。

《中村 もっともらしくいえばね、ぼくなんかも同じだな。やっぱり信じるに足るものは文学よりほかないんじゃないか、せめて文学を信じたいというような気持にいろんな原因で青年時代になるでしょう。
 三島 なるね。
 中村 その点は少なくとも戦争中くらいに文学を志した人までは同じじゃないかと思うんだ
 三島 ぼくも絶対そうです 〉(中村光夫、三島由紀夫『対談 人間と文学』講談社文芸文庫)

 いろいろ本を読んでいるうちに、自分が好きになる作家、詩人は、いずれも「文学信仰」の持ち主だったということに気づいた。
 はっきりそのことに気づいたのは、二十代後半くらいで尾崎一雄の「暢気眼鏡」を読んだときだったのだが、吉行淳之介や鮎川信夫も文学にしか「自分の生きる場所」はない(なかった)というようなことをいっている。
 中村光夫は、いまの人は自由で、追いつめられていないから、金を儲けようとか、名声をえようとか、そういう気持で文学をやっていて、でもそれはそれで不純とはいえないともいっている。また人間、齢をとると、視野が変わってきて、だんだん文学でなければいけないとおもえなくなってきているとも……。
 そんな話を三島由紀夫と対談していたころの中村光夫は五十代半ばすぎである。

 ひょっとしたら「文学信仰」が弱まっているから、わたしは無気力になっているのかもしれない。すくなくとも切実に本が読めなくなっている。活字にたいする飢えがいやされてしまったからだろうか。それもあるとおもう。齢をとって、本を読んでも、自分の考え方や感じ方をゆさぶられることがすくなくなったせいもあるだろう。「文学信仰」を強化するような読書に励むか、それとも青年時代の「文学信仰」が薄らいでしまった先の読書のありかたを考えたほうがいいのか。
 その先の読書生活を充たしてくれる本はあるはずだ。毎日のように新刊書店、古本屋に通い、読みきれないほどの本を買い漁り「読書疲れ」している人間のための文学が、きっと。

 中村光夫はけっこういけるかも。