2007/05/02

世界のわめぞ

 昨日もあいかわらずの昼起き、小雨がふっている。傘をさして都丸書房に行って、OKストアで買い物して、卵ピラフを食ったらまた眠くなる。
 午後六時すぎ、岡崎武志さんからの電話で起きる。
「ひょっとして寝てた?」
「あの、ちょっとだけ、うとうとと」
 目がさめたので、散歩に出かけ、今日はひまだなあとおもっていたら、古書往来座に行く用をおもいだした。
 もう五月だったんだ。
 家に帰って、これから向いますと古書現世の向井さんに電話し、電車に乗る。
 往来座につくと、向井さん、旅猫さん、リコシェさんも来ている。往来座の瀬戸さんから『詩人会議 増刊号 黒田三郎』(一九八九年二月臨時増刊号)をプレゼントしてもらう。写真がいっぱい。黒田三郎の手紙や講演録も付いている。これはうれしい。おお、天野忠のエッセイまで収録されている。すごい。

 往来座の外の均一棚から三冊、あと店内で阿佐ケ谷将棋会のメンバーでもある古谷綱武のエッセイ集(自己啓発本?)『自分自身の人生 日日を美しく生きるために』(大和書房)、『弱さを生きる 希望を見失ない絶望したときに』(大和書房)を買う。

 浅見淵の『昭和文壇側面史』(講談社文芸文庫)によると、浅見淵も(古谷氏と)「一時期、たいへん親しいつきあい」をしていて、尾崎一雄も下落合の古谷綱武の家の近所に引っ越し、「毎日行き来するように」なり、さらに丹羽文雄、壇一雄、中村地平、太宰治、木山捷平とも交流があったそうだ。

《古谷君は鷹揚で話好き客好きなところへ、生まれつき好奇心の強い感激家で、また、理解力も鋭敏で、ことに才能のある文筆の士を敬愛していたから、終始だれかれが出入りしてサロンのような趣きを呈していた。揚句の果ては、古谷君に生活的余裕があったので、賑やかな酒宴となった。いまから考えると、みんなの憩いの場となっていたわけで、それによってみんなはいかに力づけられたことか》(「古谷サロン」/『昭和文壇側面史』)

 今年の正月に京都に行ったとき、扉野良人さんとも、戦前の下落合、中野はおもしろそうだな、という話をしていたのだ。村山知義、柳瀬正夢、尾形亀之助らの「Mavo(マヴォ)」のメンバーも下落合で飲んでたし……。もうすこし生活が落ちついたら、このあたりのことを調べてみたいとおもう。

 話がそれたけど、古書往来座で『古本暮らし』(晶文社)にサインをしてきた。識語も十種類くらい。ぜんぶおもいつき。最後の一冊は、机の上に合った日本酒のラベルを見てそのまま書いた。
「アルコール分15度以上」
 わたしはとても気にいっているのだけど、まわりの反応はあまりよくなかった。不安。
 でも往来座の奥の机は、居心地よかった。

 そのあと手羽先で有名な「世界の山ちゃん」に行く。新宿にあるのは知っていたが、池袋にもあったんだ。一九八八年ごろ、名古屋の予備校に通っていたときに、今池店にちょくちょく行ってた。十九年ぶり。
 山崎一杯四百円、安っ。でも酔っぱって味わからず。
 向井さんと「世界の山ちゃん」に対抗して「世界のわめぞ」案をかんがえる。
 いやあ、食った、飲んだ。
 そして家に帰ってすぐ寝る。
 昨日から今日にかけて二十時間くらい寝た計算になる。