2007/03/27

僕はまるでちがって

 月曜日、昼起きて洗濯して、総武線で荻窪に行く。ささま書店とブックオフに寄って、帰りは丸ノ内線で新高円寺駅に出て、高円寺南口の古本屋巡回コースを通って、ネルケンでコーヒーを飲んで、駅前の東急ストアで買物して帰る。
 東急ストアでゆず一味を売っていたのがうれしかった。

 一昨日の高円寺の古書展で『現代詩手帖』(臨時増刊 荒地 戦後詩の原点 一九七二年一月)を買って以来、ずっとパラパラ読んでいる。この雑誌の巻頭をかざっている松原新一の「『荒地』の精神」という評論の中に、「わたしはたとえば黒田三郎の詩集『ひとりの女に』を高く評価していない。この詩集には、自他をふくめた現実にたいする根源的な精神の否定作用が希薄である」という一文があった。三十五年前の詩評にたいして、あれこれいうのもなんだけど、そういう評価の仕方もあるのかとちょっとおどろいた。

《僕はまるでちがってしまったのだ
 なるほど僕は昨日と同じネクタイをして
 昨日と同じように貧乏で
 昨日と同じように何にも取り柄がない
 それでも僕はまるでちがってしまったのだ
 なるほど僕は昨日と同じ服を着て
 昨日と同じように飲んだくれで
 昨日と同じように不器用にこの世に生きている
 それでも僕はまるでちがってしまったのだ  ああ
 薄笑いやニヤニヤ笑い
 口をゆがめた笑いや馬鹿笑いのなかで
 僕はじっと眼をつぶる
 すると
 僕のなかを明日の方へとぶ
 白い美しい蝶がいるのだ》
  (黒田三郎「僕はまるでちがって」/詩集『ひとりの女に』昭森社)

 すくなくともこの詩は今でも読める。むしろ今のほうがしっくりくるかもしれない。
 いっぽうで三十五年前の松原新一の「詩人の精神、主体的真実というものは、現実にたいする鋭い否定的作用をもって第一義とするはずだ」という主張は、今、読むとちょっと違和感がある。でもこの評論のおかげで、「僕はまるでちがって」という詩が、新しくはないが、古くならない詩であることがわかったのは大きな収穫である。
 ちなみに、詩集『ひとりの女に』が刊行されたのは一九五四年である。

 黒田三郎の『死と死のあいだ』(花神社、一九七九年)というエッセイ集をすこし前に読み返したのだが、二十代前半に読んだころよりも、今回読んだときのほうが、おもしろかった。

《働く者にとって、すべてはあわただしく過ぎ去ってゆく。あわただしく過ぎ去るのは、テレビを通して知る事件だって同様である。次から次に大事件が起って、先から先へと忘れてしまう。
 われわれが感知しない日々の小さな変化は、一月たち二月たって、すべてが変ってしまってから、やっとわれわれに感知されるものとなる。見落してしまう多くのことも、そこにある。われわれはごく大ざっぱに夏だと思い、冬だと思うのである。
 馬車馬のように目の前のことしか見ない人間は、五年とか十年、あるいは二十年というようなスケールで目の前のこと以外を考えようとしない。五年たち、十年たち、二十年たって、いやでも変化を感じずにおれなくなってから、そのことに気づく。しかも、なお馬車馬のように目の前のことしか見ようとしないのである》(「死と死のあいだ」)

 テレビを通して知るのは、大事件だけでなく、季節もそうだと黒田三郎はいう。
 このエッセイを書く五年前まで黒田三郎はNHKに勤めていた。会社を辞めて、通勤路の周辺に咲く花を知ったとも書いている。詩には、時代や社会を表現するだけでなく、生活の中で見落としてしまいがちなものを気づかせてくれる効用もある。

《大都会はいまでは根無し草のあつまりである。そのなかのひとりひとりはこれからどんな根を下ろすだろうか。いや、かつての根に代るもの、それは何であろうか。
 詩とか小説とか言っても、そこにどんな個人的な繰り言が書かれているにしても、作者と読者とを結んでいるのは、目に見えぬ大きな手である。連帯である。私小説、一見愚にもつかぬような、作者の日常茶飯事が書かれている、そんな一篇の私小説が、それをよむ読者に、何かしら安堵感を与えるようなものであり得るのも、その間にひとつの手が、連帯があるからである》(同前)

 何故、愚にもつかぬような、日常茶飯事が書かれた文章をわたしは好んで読むのか。また自分もそういうものを書こうとしてしまうのか。なんとなく、だんだんそうなった。あまりそのことを深くかんがえたことはなかった。
 毎日、新刊書店に行き、古本屋に行く。仕事で新刊書を読み、趣味で古本を読む、文字ばかり読む生活を送っている。
 そんな日々を送っていると、「精神の否定作用」といわれるような鋭くて激しい文章をたくさん読めなくなる。疲れるから。体力がないから。それで疲れやすくて、体力がなくて、それでも本をたくさん読みたいという人に向けて書かれた本をついつい探してしまうのかもしれない。
 いや、それだけではない。
 黒田三郎にしても、現実に抵抗していなかったかといえば、そうではない。

《「過ぎ去ってしまってからでないと
 それが何であるかわからない何か
 それが何であったかわかったときには
 もはや失われてしまった何か」

 いや そうではない それだけでは
 ない
 「それが何であるかわかっていても
 みすみす過ぎ去るに任せる外ない何か」

 いや そうではない それだけでは
 ない
 「まだ来もしないうちから
 それが何であるかわかっている何か」》
       (「ただ過ぎ去るために」抜粋/詩集『渇いた心』)

 黒田三郎は、難解な方向に進んでゆく現代詩に抵抗していた詩人だった。詩が日常から遠ざかってゆくことに危機感をもっていた詩人でもあった。だからといって、ただわかりやすい詩を書いていた詩人ではない。

……この問題についてはまた後日。