2017/03/19

読書と貧乏

 十年以上前に[書評]のメルマガで「全著快読 古山高麗雄を読む」という連載をしていた。
 二〇〇五年六月二十一日号が最終回(全三十回)。

 当時、三十五歳。最初の単行本が出る二年前で、まだブログもはじめてなかった。「全著快読 古山高麗雄を読む」を書きはじめたころ、わたしは『立見席の客』(講談社)だけは持っていなかった。連載は二年くらいの予定だったから、そのあいだに何としても手に入れようとおもっていた。連載の三回目か四回目かで見つかった。

 今、古山さんの著作で入手難なのは『私の競馬道』と『競馬場の春』(いずれも文和書房)だろう。『立見席の客』はアマゾンの中古本で格安で売っている。
 本には巡り合わせがある。古山さんの本が残りあと一冊になってからも『立見席の客』はなかなか目の前にあらわれてくれなかった。

『競馬場の春』の表題作のエッセイはこんな一行からはじまる。

《春を迎える喜びは、貧乏であれば、ひとしお味わいが深いような気がする》

「競馬場の春」は、春が近づくと読み返したくなる。

 古本屋を歩きまわって、ひとりの作家の本を全部集める。古山さんの本をすべて読むまでに十年ちかくかかった(四、五冊、古書目録で注文したかもしれない)。
 そういう本の集め方は久しくしていない。この先、インターネットの古本屋に頼らず、五十冊くらい本を出している作家の全著作を集めようとはおもわない。検索してひっかかれば、翌日か翌々日に本が届く……という便利さには抗えない。

 一冊一冊、古本屋をまわって探した作家は、吉行淳之介、山口瞳、色川武大もそうだ。やっぱり最後の一冊を入手するのは苦労した記憶がある。
 二十代のころは、風呂なしアパートに住んで、月末の家賃や日々の食費に悩みながら、本を買っていた。古本屋に行く電車賃が惜しくて、自転車で古本屋をまわった。読書も、貧乏であれば、ひとしお味わい深い。

 今は電車にすぐ乗る。自転車は持っていない。
 さっき、十年くらい探していた本をネットで注文した。

2017/03/16

日本人口会議

 古山高麗雄著『立見席の客』(講談社、一九七五年刊)に、「こどもは二人まで」というエッセイがある。

 一九七四年七月、日本人口会議が「日本が人口問題で深刻な影響を受け始めていることを確認、“こどもは二人まで”という国民的合意をめざした努力をすべきである」と「宣言」したらしい。
 古山さんは「そういうことは、宣言というかたちで言われるべきものではないと思う」と違和感を綴っている。

 ちなみに、当時の日本の出生率は平均二・一四。
 一九七四年ごろの予測では、このまま人口が増え続けると、五十年後(二〇二四年)には、日本の人口は約一億四千万人になると考えられていた。

 現実に日本人口会議の影響がどのくらいあったのかはわからない。

 この会議に参加した「有識者」は、かつて自分たちが発した「宣言」をどうおもっているのか。すでに亡くなっている方も多いだろうが、ちょっと知りたい。

2017/03/13

神楽坂の「本」の日

 神楽坂で開催された「本のフェス」で本を売る。日本出版クラブ会館、建物が立派すぎて、いきなり心細くなるも、古ツアさんとマスク堂さんの顔を見て、ちょっと安心する。

 午前十時にスタートして、最初の一時間がまったく売れない。もしかしたら売り上げが参加費+本の送料にもならないかも……と不安になる。
 まわりはミステリーやSFの宝の山状態。西荻の盛林堂書房さんのところにものすごく人が集まっていた。ほしい本が何冊かあったが、気がついたら残っていなかった。
 わたしの隣のテーブルでは、北原尚彦さんが本を売っていた。北原さん、お客さんから聞かれたことにぜんぶ答える。すごい。ずいぶん前に、共通の知り合いの車で古本のチェーン店を北原さんとまわったことがあるのだが、そのときは探している本がかけ離れているせいか、いちども店の中ですれちがわなかった。こういうのは共存共栄というのだろうか、棲み分けというのだろうか。
 
 途中、会場を抜け出し、同時開催の神楽坂一箱古本市を見に行く。宮内悠介さんのところでちょっと話をする。わたしのアンテナにはひっかからない不思議な本ばかり。
 善國寺のわめぞブースでは、鶴見俊輔著『テレビのある風景』(マドラ出版、一九八五年刊)を買う。今年一月に開店した「BOOKS 青いカバ」が出していた本。場内の活気がすごい。楽しそう。南陀楼綾繁さんと古書現世の向井さんが、ふたりで並んでいる光景を見たのは、久しぶりのような気がする。
 赤城神社でヨーヨーの世界チャンピオンのパフォーマンスを見る。
 店番に戻らねばならず、ゆっくり回れなかったのが心残り。神楽坂にも小諸そばがあることを知る。

 開始早々、諦め気分にひたっていたのだが、不思議なことに、昼の二時半すぎから、徐々に本が売れ出す。午後四時前後がピ−ク。目玉商品のつもりで並べた本が、その時間帯まで残っていたのだ。何がどう売れるのかさっぱりわからない。場所や来る人によって、手にとってもらえる本の傾向がまったくちがう。いろいろ勉強になった。

 岡崎武志さんがふらっと来て、中央線の古本屋の話をしたり、つかだま書房さんから後藤明生の本の近況を聞いたり、フライの雑誌の堀内さんが親子で来てくれたり、方丈社の方々や金沢あうん堂さんと話ができたり、楽しい一日だった。

 本の背表紙をたくさん見るだけで幸せな気分になる。